ペイントビズ(PAINTBIZ)

近代建築塗装発祥に諸説あり

2021.02.10

どっちが本当?

建築塗装は、下地を理解いしなければ塗ることはできない。
新築でも、塗り替えでも下地によって工法が全く変わってくるからだ。

そして、その工法も誰かしらが開発を行い、その開発は突発的に生まれたのではなく、その前の時代から引き継いでできている。

そもそも、塗装は塗料を使って表面保護を行うものだから、塗料が絶対に必要だ。

下地を知るために、少しだけ塗料・塗装の歴史(下地)について考えてみたい。

塗料は人類の歴史を探る重要な手がかりとして、考古学の研究対象にもなっている。
数年前まではスペイン北部のアルタミラ洞窟に描かれた壁画が、約1万年~1万8,000年ほど前に塗料で描かれたとされ、人類の最古の塗料と壁画とされていた。
しかしここ数年、続々と新発見が行われ、2021年1月にはインドネシアの洞窟で発見された壁画では、約4万5千年以前に描かれたであろう壁画が発表されている。

塗料・塗装についての古代史までさかのぼると、人類全体の文化・文明論や人類学になってしまうため、今回は国内の文明開化と共に始まった「近代建築塗装」について「ちょっとだけ」記事化を行う。

さて、よく「日本発祥の地」という表現があるが、近代建築塗装の発祥は横浜といわれている。

時は江戸時代末期、嘉永7年3月3日(1854年3月31日)、江戸幕府とアメリカ合衆国が横浜村(現横浜市中区)で日米和親条約を締結した。
この瞬間から日本は鎖国から開国となる。現在の和洋折衷な日本文化が始まったターニングポイントだ。

IT産業でいうところのシリコンバレー的なエリアが、当時の横浜にあたる。
横浜はビール、パン、アイスクリームなどの食べ物、水道、外灯、公園、舗装路、警察、鉄道、ホテル、銀行など、現代日本の社会的インフラの殆どが誕生したといっていいだろう。

更に、現在の清水建設、鹿島のようなゼネコンも、横浜の外人居留地建設から会社規模が大きくなったいった。

では近代建築塗装の発祥はどうだろうか?地域的なことは「横浜」といわれている。

しかし、ダブルスタンダードがあるのをご存知だろうか?

株式会社櫻井(国内最古の近代建築塗装工事会社)が唱えている説と、一般社団法人日本塗装工業会(以後:日塗工)の見解の違いだ。

次のページで詳細を伝えたい。

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二見勇治

著者:二見勇治 Futami Yuji

企画・取材・撮影・動画清作・ライティング・マーケティング 担当
東京都出身。建築塗装業の長男として生を受け、多くの職人達の中で育つ。塗装職人と造園職人の修行を積んだ後、カメラマンへ転身。出版社カメラマンを経て2001年よりフリーカメラマン。
雑誌・書籍・広告撮影、塗装関連の写真・動画制作、リフォーム会社広告担当を経験。
建築塗装の新たな表現を模索中。