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【時代を塗り替える人々】奴間伸茂 塗料開発の次へ(前編)

塗料研究 特許とマーケティング

PB二見:
関西ペイントでは、どのような業務を行っていたんですか?

奴間:
いわゆる、R&D※2で研究開発だね。僕は樹脂合成が専門。但し、関西ペイントの研究開発は他の樹脂メーカーとは違って、研究から塗料生産現場の製造までタッチしていた。
ラボ(研究室)で実験を繰り返しプロトタイプを仕上げる。
※2 R&DとはResearch and Developmentの略称、「研究開発」の意味。


写真:30代 新規ワニス重合中の様子(写真提供:奴間伸茂)


写真:課長時代 部下との議論を大切にした(写真提供:奴間伸茂)


写真:40代部長時代(写真提供:奴間伸茂)

次に、パイロットプラントで試作を重ね、安心して製造できることを確かめ責任をもって塗料生産部門に渡すまでやっていた。
ジャンルとしては、家庭用塗料から建築・自動車まで、その中でも「重防食塗料用樹脂」の開発も思い出深い。例えば世界最長のつり橋、明石海峡大橋向け高耐候性塗料に使われた。

 

PB二見:
研究職の時代でお聞きしたいのですが、例えば何かしらの学会だったり研究発表だったりで、他社の同じような職種の人達とも、横の繋がりはあったんでしょうか?

奴間:
研究職だから当然「学会」発表とかがあって、僕の場合は樹脂だから「高分子学会※3」に入会していたけど、そこはノウハウではなくて、基礎的な学術研究発表・交流の場所。

例えば「これから将来的に、水系(みずけい)に進む。それにはこんな基盤技術が必要だ。」というテーマについて会社、大学の壁を越えて議論する。そこから先は各社で研究開発して、最適組成、製造方法などのノウハウ(新規性のある場合は特許出願)を作っていく。
またそういった技術が出来上がって、特許出願のあとに成果を発表する場としての学会だよね。

ただ、この学会に参加していて嬉しかった事は、「フェロー」※4を頂いたときかな。
他の授与者は全員がドクター(大学院卒)で、ほとんどが「●●研究所の所長」とか、凄い立場の人たちの中で大学院修了じゃないのは僕くらい(笑)

※3 公益社団法人高分子学会
※4 学会がその分野に著しい貢献があった者に授与する称号


写真:2008年9月 公益社団法人高分子学会 フェローの称号を授与される(写真提供:奴間伸茂)

PB二見:
それで研究職を経てから、「知的財産室長」になられていますよね?メーカーでいう「知財」とは特許関連だと思うのですが?

奴間:
2002年4月に関西ペイントが知的財産室という新しい部門を設置したんだよ。
その当時総理大臣だった小泉総理が、「知財立国」を掲げた事をうけて、会社の特許部も今までよりもポジティブな活動を目指し、またパテントの有効活用で研究開発投資を効果的にすべく「知的財産室」を設置したんだ。

ありがたいことに、その初代の室長に就かせてもらいました。

PB二見:
知財部門って、法務的な部分に近く、こう言っては失礼ですが、どちらかというと弁理士の分野ではないですか?
研究職の人が知財部門を統括するようになったのは何故でしょうか?

奴間:
創設した「知財室」は、単に特許の書類を作るだけではなくて、例えば建築の技術部門、研究部門がどういった研究開発をしているかを理解することで、その研究開発が「使える研究」なのか?もしかしたら誰もが知っている、陳腐化している研究開発なのかの見きわめをするし、必要な技術情報を提言できる組織としたんだよ。

研究者・開発者として30年近く働いていたからこそわかる事がある。「研究」と「知財」とを理解して、俯瞰的な視点で見ることができたから、統括する職を担ったと考えているんだ。

それと当時、関西ペイントと米国の某大手化学メーカーとで共同研究をしていた。
例えば日本の会社間の契約だと、杓子定規的な項目以外は、「規定外の項目は協議する」、な~んて書いてあるけど、流石に米国の一流企業だと、「Aの場合には◎◎、Bの場合は××」と、細かい事柄についても対応方法が明文化されていた。そういう観点は今まであいまいだったから、自社もその部分も強化しようと「特許部」という枠組みから拡大して、「知財室」という特許と契約までをカバーする部署が出来たんですよ。

PB二見:
特許の事でお聞きします。純粋な研究から派生した技術は特許として分るんですが、既に技術として世にあったものを後追いで取得して「自分達の物だ!」と、主張する建築塗装系の特許もありますし、特許には様々な問題がありますよね?
そのなかでも「期限」の問題、特許と時間との戦いはどう考えていますか?

奴間:
その問題は難しいよね。
世の中がまだ求めていないのに、いくら良い技術でも特許は20年※5しか寿命が無いから。
特許出願して販売を経て、やっと認知された頃には期限が切れたら、予算を使って研究していた事を、タダでみんなに教えるだけになっちゃう(笑)
難しいよね。

つまり、特許戦略が重要なんだ。
今出すのがいいのか?それとも、もう少し技術を深めて、「機が熟す」・・・なっ、という時に出すのがいいのか。
そういう駆け引きだよね。
※5 引用:特許庁本文1頁 ​特許権の存続期間は、特許出願の日から20年をもって終了する(第67条第1項)。

PB二見:
例えばマスチックとかは既に基本特許が切れているワケじゃないですか(笑)。
マスチック協会が一時期やっていた販促では「特許、特許」って連呼していても、「それ、特許切れてるじゃん」って。でも「建築塗装のそういった事が面白いな」って思うんですよ。

奴間:
でも基本特許的なものが切れていても、明らかに進歩性が認められれば特許は成立するから面白い。

昔の特許部は、技術部門から来た人材をひたすら鍛えて、弁理士みたいな感じに仕立てていくようなイメージだっただけれど、そうじゃなくて技術(会社独自の技術)を強くする、「研究~マーケティング~知財」の循環を支援する部門として、「知財室」が出来上がったんだ。

PB二見:
今は特許検索でなんでも調べられますよね?昔は特許庁に行くか、それか調べるところも含めて弁理士さんの仕事だったわけじゃないですか?
今では誰でも調べようと思えば公開されているので検索すれば分りますし、1社だけでなく共同開発している別会社や、大学の研究室なんかが別の特許を取得していれば、「あーこれは本当に意味のある製品なんだ」と分ったり、特許が自分で検索できるとなると、新しい技術が身近に感じられる。今の時代は面白いことになってますよね。

奴間:
そうだよね。実に面白いよ。
しかも高度になってきたよ。特許情報プラットフォームで調べたらいろいろ出てくるんだから。但し、キーワードの選択が重要。よくさ、「調べました!」って、いうんだけど、スゴイ抜けがあったりして(笑)

一般的な技術者って、僕もそうかもしれないけど良く言えば集中している。でも視野(考え方)が狭いところが見受けられる。その点、知財のメンバーは広く多角的に、戦略的に考える事が重要なんだよね。

PB二見:
まあ、弁理士も代書屋ですからね(笑)

奴間:
いやいや。広く深く調べて、適切なアドバイスをしてくれる弁理士が殆どですよ(笑)
知財部門は単なる代書屋になってしまわないように、会社の現在向っている方向を理解して、マーケティングの観点で研究から製造、販売までを考える事が大切なんだ。

PB二見:
国内の企業ではマーケターの地位は低いんですけど、諸外国では経営者と肩を並べるくらいマーケティング部門は重要になっていますし、マーケティングとパテントとが重なり合って会社の戦略を作っていくということですね。

奴間:
知財室長と平行して、「品質・環境本部長」という職にも就かせてもらったんだ。
テーマ設定の前段階から知財的な側面をリサーチして、方向性をアドバイスをする。声の大きい事業部門が主体でテーマを決めるんじゃなくて、関係部門がデータに基いて議論を尽くして、責任者を決め進めていく。
開発には色々な段階があるワケなんだけど、その段階ごとに様々な部門が集まって商品開発を進めていくんだ。

PB二見:
様々な部署が集まるということは、本気になればなるほど喧々囂々でしょうか?

奴間:
そうだね。だから色々分っていないとジャッジできない。研究馬鹿じゃ難しいよね(笑)
営業、技術、研究にも、生産へも、最善のディスカッションが出来る場を作って、それをシステム化する。そういうシステム作り役が「品質・環境本部」だったかもしれない。

PB二見:
因みに、行政書士の資格取得と日本塗料工業会の常務理事とでは、どちらが先なんでしょうか?

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二見勇治

著者:二見勇治 Futami Yuji

建築塗装アナリスト
企画・取材・撮影・動画清作・ライティング・マーケティング 担当
東京都出身。建築塗装業の長男として生を受け、多くの職人達の中で育つ。塗装職人と造園職人の修行を積んだ後、カメラマンへ転身。出版社カメラマンを経て2001年よりフリーカメラマン。
雑誌・書籍・広告撮影、塗装関連の写真・動画制作、リフォーム会社広告担当を経験。
建築塗装の新たな表現を模索中。